小学校3、4年の頃だったと思います。
その昔、ファミリーコンピュータマガジンという雑誌がありました(通称ファミマガ)。
徳間書店から発行されていたこの雑誌は、
僕にとって、ファミコン通信以上にポピュラーな存在でした。
父親が仕事帰りにおみやげとして買ってくるのもこのファミマガだったし、
今でも、実家の自室にはボロボロのファミマガが大量に放置してあります。
このファミマガが「ファミマガDiskシリーズ」と題し、ディスクでソフトを出していたことがあり、
「パニックスペース」は、その第2弾ソフトとして発売されました。
ゲームのルールは、「ロボットを動かし出口までたどり着けばクリア」という単純なもの。
出口はレーザーを当てることによって開くんですが、
このレーザーが緑の壁に当たると、謎の大爆発によってやられてしまいます。
なもんで、三角プリズムを使ってレーザーを反射させたり、ブロックで妨げたりして、
壁に当てないように出口開門を目指すというゲーム。
当時、こういうパズルゲームが大好きだった僕はおおいにハマりました。
そして何より大事だったのは、自分でステージが作れるエディットモードが付いていたということです。
僕は最高のステージを作ることに全ての力を注ぐようになりました。
学校でも休み時間になれば、僕考案のカッコいいシンボルマークが表紙に書いてある落書きノートに、
オリジナルステージの下書きを書き綴りました。
新作が出来れば、一人っ子の僕は無理矢理父親にやらせました。
「よく出来てるね」
誉められました。
それだけでは飽き足らず、無理矢理友達を連れてきました。
「俺にも作らせろ!」
彼はそう言ってクリア不可能なめちゃくちゃなステージを作り、二人で爆笑しました。
すぐに彼もまたこのゲームのトリコになりました。
「今日もスズキの家にレーザー光線やりに行くわ!」
こうして二人は毎日創作活動を続けました…。
〜時は流れて、10年後〜
壊れていたディスクシステムを任天堂に直してもらった僕は、
地元・北海道で友達を呼んでディスクのゲームを久しぶりにやってみることになりました。
友達「あっ、レーザー光線じゃん!懐かしいなぁ」
スズキ「これだよこれ!俺が作った面。久しぶりにクリアしてみるべ」
友「バカ、先に俺の面をやるぞ!」
ス「いいから黙っとけ、すぐ終わるから」
5分後。
ス「…あれ、どうやるんだっけな。これ」
友「そうじゃなくて、そっちの三角を先にこっち持ってくるんじゃねえの?」
ス「いや、もっと単純だべ。小学生が作ってんだから」
友「ちょい貸してみ」
10分後。
友「解けねえ……」
ス「……どうなってんだよ、これ……」
友「考え方は合ってると思うんだけど……」
30分後。
友「ダメだ…わからん……」
ス「あ…あのクソガキッ……!」
まさか、小学生時代の自分と今の自分が対決することになるとは。
『お前、成長したのはムダな性知識ばっかりで、あとはてんでクソのまんまじゃないか』
僕の脳裏には、ノートを片手に持ち、あざけ笑いでなじってくる小学生の自分の姿が浮かんできました。
すぐさま僕は部屋の中をかき回し、攻略本こと落書きノートを探しました。
「あれさえあれば……作り方が書いているはず!」
しばらくして、机のイスのカゴを探すと一冊のノートが出てきました。
「これか!?」
表紙を見ると、意味不明なハゲオヤジとかまぼこの絵から矢印が伸びていて、汚い字で「ツンボルマーク」と。
「くっ、腹立つ…!」
ページをめくると、案の定、多数の汚い絵や自作迷路とともに、制作記録が出てきました。
しかし、図が書いてあるだけで、攻略手順の解説は皆無でした。
『言っただろ、ダメ人間に成長したお前なんてクソだ。クソ。無理しないで、アイドルの乳でも見て興奮してな』
♪チャンチャンチャンチャンチャ〜ン
友「で……出来たっ!」
ス「え!?」
振り返るとテレビにはクリア画面が。
ノートを凝視している間に、友達は解いてしまったのです。
ス「どうやってやった!?」
友「適当に動かしてたら、なんとなく出来そうになって、それで……」
ス「もっかいやってみろ!!」
結局、攻略法がわかったのは、開始から1時間が経過してからのことでした。
『ああ、お前らの勝ちだよ。もう俺はいないけど、たまには思い出してくれよな。
あと、お前が人生ゲームの箱に隠してる、人生で初めて手に入れたエロ本。いいかげん捨てろ。じゃあな』
今の自分にはあの面を作れるような力はおそらく無いでしょう。
子供が純粋に一つのことに集中する力って、大人の数倍はあるんじゃないかなと思います。
僕にとってそれを実感させてくれるのは、いつもゲームの役目だったんです。
メモリアル俺ゲー 第001号指定
「パニックスペース」
機種 :ファミコンディスクシステム
メーカー:徳間書店
発売日 :1990.10.19
